
お金がなくなる前に、融資は決める。
資金繰りに不安を感じている経営者へ。
「いざという時」ではなく、「余裕があるうちに」資金を確保する。
それが、会社を守る一番確実な方法です。
・融資に通るための“事前対策”をサポート
・資金ショートを防ぐための予防型資金調達
・今の状況で融資可能かを明確に判断
👉「まだ大丈夫なうち」に動くことで、選択肢は大きく変わります。
・銀行に相談したいが、何を準備すればいいか分からない
・今すぐではないが、将来の資金繰りに不安がある
・資金が厳しくなってからでは遅いと感じている
👉その悩み、“手遅れになる前”に解決できます。
私が提供しているのは、**「予防型の融資支援」**です。
多くの方が、資金が厳しくなってから動きます。
しかし、その段階では選択肢が限られてしまいます。
だからこそ、「余裕があるうちに整える」ことが重要です。
税理士として、これまで多くの中小企業の資金繰りを支援してきました。
実務の中で感じたのは、「動くタイミング」で結果が大きく変わるということです。
資金が厳しくなってからでは遅い。
しかし、実際には多くの経営者がその状態になってから動きます。
なぜ「予防型」にこだわるのか。
それは、本来守れたはずの会社が、資金繰りで苦しくなる場面を何度も見てきたからです。
本当は、もっと早く動いていれば良かった。
そう思うケースは少なくありません。
だからこそ私は、「まだ大丈夫なうちに動く」という選択を広めたいと考えています。
サービス内容
・融資可能性の診断
・必要資料の整理・改善
・金融機関対応のサポート
・今後の資金戦略の設計
👉単なる申請ではなく、“通すための準備”を重視します。
サポートの考え方
私が重視しているのは、「融資が通る状態を事前に作ること」です。
・決算書のどこが見られているのか
・金融機関が評価するポイント
・改善すべき具体的な項目
これらを整理し、
「通るべき状態」に近づけていきます。
👉その場しのぎではなく、再現性のある支援を行います。
こんにちは、税理士の柏嵜忠弘(かしわざき ただひろ)です。
プロフィールを見に来て頂いてありがとうございます。
特徴というのは、特にないのですが、早起きが得意です。
税理士になったきっかけと独立までの流れ
「あの先生って、いつも怒鳴って怖いんだよ。」
という父親の言葉が、今の私のすべての始まりになっています。
私の父がお願いしていた税理士は、怒鳴ったりする人でした。
そんな人にならないように、日々がんばっています。
大学卒業後
私は、大学を卒業後、最初にホームセンターに勤務しました。
最終的には、なにかで独立したいと思っていましたが、「なにか」が発見できず(笑)ホームセンターへ就職しました。
その会社は、今ではテレビでもよく見る有名な会社でしたが、当時は超絶ブラックホームセンターでした。
その会社は、朝8時ころから22時ころまでは当たり前でした。
入社したときのパンフレットは、「月の残業10時間」とありましたが、月に払ってくれる残業代が10時間分でした。
でも、一緒に働く人達は、同い年か1つ上の人ばかりで、楽しかったです。
一緒に働いた人の中には、今でも飲みに行ったりしていますし、税理士になった人もいます。
店舗勤務は、同世代で楽しくやっていましたが、労働時間も長いし、偉くなった人が突然平社員になったりと、浮き沈みの激しい会社に失望して退職しました。
会計事務所へ勤務
ホームセンターを退職して、次の仕事をどうしようかと思っているときに、父親から
「あの先生って、いつも怒鳴って怖いんだよ。」
という言葉を耳にしました。
私の父は個人事業主でしたので、確定申告を税理士にお願いしていました。
父は税理士について、いつも「あの先生って、いつも怒鳴って怖いんだよ」と言っていました。
私は、「怒鳴るってなんだよ!、そんなヤツに金払うなら、俺がやってやる!」と思い、父親の力になりたいと税理士を目指すことにしました。
その後、私が税理士になる前に、父は病気になり事業を廃業してしまいました。
私は、税理士になって父の事業のサポートを出来なくて、とても残念に思っています。
独立することに
あれから数年が経ち、いくつかの会計事務所を経験して、税理士となり独立しました。
「あの先生って、いつも怒鳴って怖いんだよ」って言われないように、話しかけやすく・くわしく説明することに力を入れています。
私ができることは、
- 会社や事業の状況を正確に伝え、会社や事業の未来を予想すること
- ていねいに説明すること
- 一生懸命にやること
であると思っています。
当たり前のようですが、当たり前にこだわって、仕事をしていきたいと思っています。
柏嵜税務会計事務所の特徴
過度な節税は賛成しません
会社にどうやってお金を残すかを考えています。
そのため、過度な節税は賛成いたしません。
利益を出して税金を払うを前提にして、ムダを省いたり節税することだと思っています。
ムダといっても経費のムダもあれば、経理をする時間のムダもあると思います。
可能な限りの節税をしますが、無理やり何かを購入して節税するやり方をおススメはしません。
ご質問はいつでもどうぞ
ご質問がある場合は、メールなどでいただければ、メールでご返答いたします。
難しいことは時間が必要ですが、すぐお返事するようにしております。
私の守備範囲ではない内容については、他の専門家をご紹介いたします。
電話は、なるべく使いたくないです
連絡は、メールなどでお願いしています。
私が、お客さんに電話した場合は、お客さんが仕事の手を止めたり、打ち合わせを中断して、電話に出なければいけません。
同じように私も仕事の手を止めたり、打ち合わせを中断して、電話に出なければいけません。
そのような理由から、電話はなるべく使いたくないのです。
そのため、緊急時や複雑なご相談の時以外は電話連絡を控えていただきたいと思っております。
担当は、税理士の柏嵜忠弘がすべて行います
担当者=税理士です。
私との相性が、良くも悪くもすべてになってしまいます。
税理士事務所の社員だったときは、「社員には、社長の気持ちがわからないだろ」って言われていました。
自分で独立してみて、社長や個人事業主の気持ちがとても分かるようになりました。
いろいろ決めてなければいけないので、とっても苦しいのです。
誰に相談したら良いの?と思うことも数多くありました。
そんな苦しんでいる方の最初の相談役になりたいと思っています。
柏嵜忠弘の情報
生まれ育ち
1973年5月28日群馬県館林市生まれ
住んだところ
群馬県館林市→東京都八王子市→群馬県館林市→茨城県神栖市→群馬県館林市→埼玉県新座市→東京都練馬区→東京都大田区(現在)
家族構成
妻、娘2人
性格
自分で思っている性格
まじめ、強気の小心者
※性格ではありませんが、なんかおもしろい人と言われますが、自覚はありません。
妻から聞いた性格
キッチリしている、マメ、淡々としている、
※性格ではありませんが、色々な人から、「物事をはっきり言う」と言われます。
星座・血液型
ふたご座のAB型です。
好きな言葉
「為せば成る為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」(上杉鷹山)
税理士試験中に知った言葉ですが、「どんなことでも強い意志を持つことで、必ず実現する。実現しないのは、本人がやっていないからだ」という意味だそうです。
「走りながら考える」
自分に対する言葉です。
思考や行動が止まりそうになるので、言い聞かせています。
資格・免許など
税理士資格:簿記論、財務諸表論、法人税、消費税、相続税
簿記2級
普通自動車免許
好きな食べ物
うどん、餃子、コロッケ、アイスクリーム
いつか香川県でうどんを、栃木県宇都宮市と静岡県浜松市で餃子を食べてみたいです。
嫌いな食べ物
マヨネーズ
好きなスポーツ
マラソン
最近の趣味は、マラソンです。
2025年 東京マラソン
2025年 横浜マラソン
2026年 千葉アクアラインマラソン(出場予定)
サッカー
子供のころのスーパースターと言えば、マンチェスター・ユナイテッドで活躍したエリック・カントナ選手やユベントスで活躍したミッシェル・プラティニ選手でした。
サッカー観戦歴
1番最初にサッカーを観戦したのは、日本サッカーリーグ(Jリーグの前)の読売対日産です。
自分が小学5年生のときでした。
ラモス瑠偉選手がいたことだけを、鮮明に覚えています。
子供の頃トヨタカップを何度か国立競技場で観戦しました。
トヨタカップでの思い出は、ユベントスに所属するミッシェル・プラティニ選手です。
オフサイドにはなりましたが、ミッシェル・プラティニ選手の胸トラップから右足のアウトサイドで敵をかわしてからの左足のボレーシュートには感激しました。
その後の寝っ転がっての抗議?シーンも素敵でした。
2002FIFAワールドカップ日本・韓国大会のコンフェデレーションズカップ 日本対オーストラリアを、日産スタジアムで観戦しました。
雨の中、中田英寿選手がフリーキックを決めたのを覚えています。
2002FIFAワールドカップ日本・韓国大会の準決勝戦 ブラジル対トルコを、埼玉スタジアム2002で観戦しました。
ブラジルの怪物ロナウド選手が、大五郎カットをしていたときです。
2018FIFAワールドカップロシア大会の日本代表戦は、3回スタジアムで観戦しました。
日本がワールドカップを決めたオーストラリア戦も観戦していました。
ドイツに旅行一人旅に行ったときもサッカーを見に行きました。
2014年9月にブンデスリーガのシャルケ04の試合を見に行きました。
内田篤人選手が所属していたのですが、怪我で試合には出ていませんでした。
ドイツではもう1試合フランクフルト対マインツ05の試合を観戦しました。
マインツ05には、岡崎慎司選手・フランクフルトには長谷部誠選手が出場していました。
9月だったけど、はく息が白いくらいに寒いのに、観戦しているドイツの人たちは、半袖でビールを飲んでいるにびっくりしたことを、試合内容よりも覚えています。
行ったことのあるスタジアム
国立競技場(国立霞ヶ丘陸上競技場)
日産スタジアム(横浜国際総合競技場)
埼玉スタジアム2002
フェルティンス・アレーナ(ドイツ FCシャルケ04のホームスタジアム)

ヴァルトシュダディオン(ドイツ アイントラハト・フランクフルトのホームスタジアム)

ドイツに行ったのは、最初の会計事務所を辞めた記念?の一人旅です。
ドイツ語は、ダスビッテ(これください)を良く使っていました。
ストレングスファインダーでの分析結果
略歴
生れたとき~大学生時代
生れてすぐに肺炎になる。
医者から助からないと言われるが、奇跡的に助かる。
小学生では、冬になるといつも風邪を引いていました。
兄の影響から小学2年からサッカーを始める。
小学1年の頃は、体が弱くて無理でした。
当時は、リトルリーグが盛んで、サッカーをやっていたのを珍しがられていました。
中学生の時は、サッカー部で部活動を中心に活動していました。
中学の体育の教師に「もうかるから競輪選手やってみない?」と誘われたのですが断りました。
なぜ、誘われたのかはわかりません。
高校生の時も、サッカー部で部活動中心に活動していました。
私は当時、事業をやってみたいと思っていましたが、具体的なことは考えていませんでした。
大学生の時も目標が何もなく、生活費や小遣いを稼ぐためにバイトしていました。
あまりに熱心にバイトしていたので、両親からバイト先に就職すると勘違いされていましたが、そんなことは考えていませんでした。
この時は、税理士業界に興味もなく、就職活動の1つとしての受験です。
ホームセンター時代
就職活動は、就職氷河期の最初のころでした。
最終的には、独立する!とか思っていましたが、新卒じゃないと大きい企業に入れないと思い入社を決意。
ブラックホームセンターだったのは、後で知りました。
会計事務所時代➀
顧問先の多い会計事務所に就職しました。
最初の1年は見習いとして働きました。
いきなり担当ではなくて、見習いをさせてもらったのは、とても良い経験でした。
一番多い時で法人顧問50件弱、個人の確定申告を30件くらい担当を持っていました。
顧問先の売上の規模は、数百万~3億円くらいで、建築業が多かったです。
その経験から、一人社長、お父さんが社長・お母さんが経理、社長と従業員が数人という小規模な会社や個人事業主が得意となりました。
14年10か月勤めて退職する。
会計事務所時代➁
1日中会計ソフトへの入力のため、就職から20日くらいで力尽きて退職する。
電子申告していない事務所だったため、電子申告のやり方だけレクチャーしました。
会計事務所時代➂
就職して最初の試験で合格し5科目揃いました。
税理士試験が終了後の私は、平日夜や休日にやることがなくなり、何を目標にしていったら良いのか分からなくなってきました。
事務所の考え方と自分の考えや、やりたいことが合わなくなってきて、独立を考える。
3年4か月で退職する。
現在
お客様と一緒に成長できたらいいなと思っております。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

